医ど歯た通信Vol.13~4月号~

本町 医ど歯た通信4月号

現在、院内にて好評配布中です

数に限りがありますが、バックナンバーもあります。

ご希望の方は、お気軽にお声かけ下さい。

今回もちょっとつまみ食いのお役立ち情報

みなさん是非手に取りご覧になってくださいね

さて、今回は「番外編」!

医ど歯た通信では、それぞれの専門の話が主ですが、今回は『学生時代の思い出』

というテーマで、いつもとはちょっと違った趣向になっています。

 

井戸端会議

 

 

(ノエルクリニック 医科院長 佐藤晴瑞)

「学生時代の思い出?」

田舎育ちであった私は、中学卒業後すぐに家を出ました。

“男が台所に入ってはいかん!”といった厳格な父親であったため、家を出て一番困ったのは食事でした。

大学1年生までは、まかない付きの下宿にいましたが、2年生になると無謀にも一人暮らしを始めました。

食事を作るすべも知らず、毎日近くの中華料理店に通っていると、店の親父さんに“毎日こんなもん食べて

いたら身体を壊すぞ”と言われ、その日からその家の晩御飯を出してくれるようになりました。結婚後は、

妻が食事を作ってくれるので、家で食事を食べるようになりました。おかげで還暦を過ぎた今でも、お茶

を沸かすことも、ご飯を炊くことも出来ません。

 

(ノエルクリニック 歯科院長 佐藤哲大)

「初登園の思い出」

忘れもしません…実は私は大阪生まれ、幼稚園は京都でした。父の転勤で松山に住むことが決まり、

両親は古川に家を建設。ところが幼稚園の転園時に、古川の家は完成が間に合わず、母の実家に居候

(久米)。初登園の日を終え、幼稚園のバスは私を乗せて登録してある古川の家へ送迎。そうです、

私は建設中(まだ枠組み段階)の家に独り、まだ見知らぬ土地に5歳で降ろされることとなりました。

当時古川は見渡す限り田んぼ……田んぼのど真ん中に一人の幼稚園児です。どうです、ひどい話でしょう?

これが私の初登園の思い出です。

 

(ひなた調剤薬局 薬剤師 栗脇倫也)

「鹿児島県薩摩隼人」

私は鹿児島で小中高と学生時代を過ごしたのですが、県外に出てみると鹿児島の慣れ親しんだ味や郷土

料理を懐かしく思うことがあります。おやつとして食べていた「けせんだんご」や、おばあちゃんが作っ

てくれたさつまいもで作る「からいもねったぼ」「がね」は本当に美味しかった記憶があります。「あ

くまき」は10代の私には苦味があって苦手でしたがそんな味も今となっては懐かしいです。近所のお菓子

屋に行けば「かるかん」が売っていて、たまに食べることがありましたが、お土産で貰ったことのある方

もいらっしゃるのではないでしょうか。醤油は今でも九州の甘口醤油を使っていて、ラーメンはとんこつ

が好きです。松山のご飯も美味しいので、よかったら愛媛の名物を教えて下さい。

 

(ノエルクリニック 管理栄養士 埜下瑛世)

「お大師様」

学生時代の思い出…というと、部活や学校行事など色々あります。しかし、今一番思い出すのは小学生の

頃に友達と行った『お大師様の縁日』です小学校の近くに八十八ヶ所のお寺があり、登校時に出店の準備

を見つけると、友達と『今日はお大師様だ!』と盛り上がって、放課後の約束をしていました。並ぶ屋台

はほぼ同じで、『くじ引き』『型抜き』『たこ焼き』…色々ありましたが、中でも興味をそそられたのが、

『飴』でした。色とりどりのきれいな飴が所狭しと並んでおり、子供ながらに目を惹く存在でした。大人

になり、行く機会はなくなりましたが、たまには童心に戻り縁日に行きたいなぁと思う今日この頃です。

 

(ノエルクリニック 総務 上甲由紀)

「学校」

小学校6年生の時、学校の分離に伴い、新しい学校へ行くことになりました。新しい学校が出来ると聞き、

当時はどこに建てられるのかと思っていましたが、家から徒歩5分以内、目と鼻の先とはこのことか!とい

うくらいの近さ。家からの距離も、登校時間も変わらず。当時は凹んだなぁ~。現在は生徒数減少等で、ま

た1校に減らすとか…。無くなるのは、嫌だなぁ。


 

いかがでしたか?

4月号のイメージは 「入学式」です。

医ど歯た通信を始めて1年が経ちました。あっという間の1年。

そして、2年目突入ということで、今回は番外編として一つのテーマについてそれぞれが書いてみました。

いつもの医ど歯た通信とは違い、記事を書く前にもそれぞれの思い出話で盛り上がり、楽しんで書くこと

が出来ました。たまには番外編というのもいいのかな?なんて思いました。皆様にもいつもと少し違う医

ど歯た通信を楽しんでもらえたらと思います。

 
ノエルクリニック心臓血管外科 歯科:埜下